指揮者って必要?-続き-
音楽は音で語られる「物語」
話がそれるようですが 音楽は音で出来ています、これは当然ですね。で、音楽は音で物語は言葉で進行して行きます。この二つの違いは何でしょう。それは言葉には意味があるけれど音には意味がないことにあると僕は思います。極めて大雑把に言うと、音楽は意味のない音で語られる「物語」なんです。
音自体には意味はありません
音自体には意味はありませんが、その音の組み合わせで音楽はイメージを形成し『物語」を進行します。形成されるイメージは良い音楽であれば明瞭で曖昧になるということはありませんが、ひとそれぞれでその受け取り方は様々になる場合が多々あります。複数の人間がアンサンブルをする場合に、この部分がネックになります。特に長い楽曲を多人数(オーケストラ)でやる場合など、言葉(意味)で物語を共有出来ないことが、、、
指揮者はちゃんとテンポさえ決めてくれりゃあそれで良い
よくベテランの楽員の中には指揮者はちゃんとテンポさえ決めてくれりゃあそれで良いんだ、あとは俺たちがやるからという人がいます。それはある意味では正しく、全員がテンポを共有することは演奏の第一歩です。テンポが共有されていれば演奏中の奏者同士のコミュニケーションが可能になります。でもそこが始まりでそのうえで本当に曲作りが始まるのです。あとは俺たちでというのはこれまで述べてきたように原理的には無理だと僕は思います。
曲の構造が複雑になればなるほど
曲の構造が複雑になればなるほど、あるいは楽譜ではかけない要素が強い曲(例えば、ウインナワルツやタンゴ、ジャズなど)程、演奏中共有できるイメージを示して流れをリードしていく役割を持つ人間が必要になります。別に指揮者じゃなくてもかまわないのですが、例えばスポーツの試合でも前線でプレイをしているプレイヤーがマネージメントするよりは全体の戦況を見ながら指示をする方が合理的だとおもいます。これが舞台上に指揮者が必要な(いたほうがスムーズに進行する)理由だと僕は思います。或いは戦場での指揮官のように戦況を見ながら臨機応変に対応するためにも。
音楽は音で出来ていると最初に書きましたが
音楽は音で出来ていると最初に書きましたが、他の芸術と同じように表現しようとする演奏家の気持ちが演奏から伝わってくることも音楽を楽しむ醍醐味であると僕は思います。不思議なもので絵画や彫刻などでさえも生で接すると、そこから作者の息遣いが伝わってきます。音楽も同じで、そこが芸術に触れる、また聞きたくなる理由だと僕にはおもえます。良い演奏・作品は言葉には表せない色々な感情や想いを呼び起こし、癒やし、揺さぶる。それは普段は思っても見ないものであったり、自分自身の深い部分にある感情の発見でもあったりします。
どうか機会があったら是非、生の演奏を聞いてみて下さい。あなたにとって思いもよらない出会いがうまれるかもしれません。
悲しみや喜び等の感情は言葉で表すと
また悲しみや喜び等の感情は言葉で表すとそうとしか書けないものですが、音楽はその根源の言葉になる前の部分をダイレクトに説明抜きで表現するものだと僕は思います。それはべつにクラシックの名曲でなくても、ほんの小さな小品でも、流行歌の一節であっても、それぞれの人の心に直接訴えかけて来る曲が必ずあります。
ちょっと指揮者の役割から脱線してしまいました。
が、そんな演奏を作っていくために指揮者は日々、研鑽を積み一生懸命に働いています。
というのがとりあえずこのブログの結論です。
関連情報
堀越隆一公式サイト
作曲家、堀越隆一の公式サイト。1976年のデビュー以降、数々の作品を発表する傍ら、編曲、指揮、評論を始め、後進育成の為のアルエム弦楽合奏団の設立、音楽を愛する人に最良の空間を提供するすみだチェリーホールの運営など多岐に渡る活動を展開。最新の活動情報、チケットや楽譜の販売など、随時更新していますので、ぜひお立寄り下さい。
屋号 | 堀越隆一 |
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