ラヴェルのボレロについて
ラヴェルのボレロについて
ラヴェルのボレロは音楽史のストリームの中でも特異な立ち位置を持つ作品だと思う。ボレロも含め、あらゆる音楽は僕たちが学校で教わった三要素(リズム、メロディー、ハーモニー)でできているのだが、通常はこの三要素が変化して行くことで、聞き手は文学でいう所のストーリーやドラマを音楽の中に感じている。
ボレロは意図的にこの音楽であるために必要な語り口(変化)を全て無視している。
曲は二種類のやや長めの楽句がAA・BB・ AA・BB・etc….と延々と繰り返されそれが 続いていくただそれだけの構造だ、その間終始スネアドラムはボレロのリズム(伴奏)を叩き続ける。まず普通、プロの作曲家はこんなプランでは曲を書かないしアマチュアであったとしてもやっているうちに多分途中で放棄してしまうだろう。
ラヴェルのこの曲を書こうとしたモチーフは僕には作曲家というより、偉大な奇術師が演ずる、手足の自由が聞かない中で檻の中から見事抜けだそうとするチャレンジのようだ。これは芸術家というよりもアルティザン(職人)としての矜持を示したものとも考えられる。
限られた素材と制約の中で作品を作ってしまおうとする
そうはいっても何も変化がなければ物語は始まらない。ここで変化の要素としラヴェルが選んだものは音色とテンポだ。
リズム(伴奏)メロディー(主題)、ハーモニー(和声)を変化させずに繰り返す中で楽曲は成立させることが出来るのか。逆に繰り返し続けるとどういう状態が生じるのだろうか。
たとえば物語を読もうとして本のページをめくるとそこに短い文章が書かれていた、しかし次のページにも全く同じ文章が書かれている。ページをめくって行くが各ページには同じ文章が続いている本。だがよく見るとページごとにその文字の色や、フォントが様々に変化していく。この時点でもページをめくり続ける人は言葉による物語とは別のストーリーをこの本の中で辿っていると思う。
三管編成のオーケストラというパレット、その音色・テクスチュアと音量の変化を使ってラヴェルはそれを実現している。ほぼ直線的に増殖するダイナミクスの中で、緩急を加え決して飽きさせない音色・テクスチュアの変化。そのオーケトレーションの見事さは他の作品と同様にこの作家の独壇場と言えるものだ。音色の変化がストーリー進行の代替として機能している。
もう一つ重要なことはテンポの設定にある。ご存知のように本来ボレロは情熱的で激しい舞曲だが、ラヴェルはこのリズムを非常に遅く設定している。このことによって何が生じるのか。
それは喩えればスポーツ中継等で見るスローモーションの世界だ。全力で疾走するアスリートや踊り手の、肉眼では捉えられない筋肉の躍動、表情の変化の動きの美しさ。「ボレロ」の中に流れる時間は日常の流れから切り離されている。それは美術品のような静止した美しさがある。
僕は恐山のイタコではないのでラヴェル自身が本当はどう考えていたのかはわからない。楽曲からの判断だけなのだが、このような発想には19世紀後半から20世紀にかけての産業革命という時代背景がかなり影響しているように考えている。とりわけレコードの発明とシネマの出現によって、演じるという一過性の行為が、記録され繰り返し見聞きできることが可能になったことが、産業革命以後の音楽を含めた時間芸術に大きな影響を与えていると思う。あらゆる表現行為は経過する時間の中から切り取られ、再現し、変容させることが可能な時代の音楽。
コーダの劇的な転調によって、これまで背景となっていたメロディー(主題)とハーモニー(和声)、そしてリズム(伴奏)に一気に生命が吹き込まれる。周到で緻密な計算?多分そうなのだろう。
でもこの曲はラヴェル自身の作品も含め、他の如何なる楽曲からも孤立しているように感じられる。
現在もなお
2018.3.8
関連情報
堀越隆一公式サイト
作曲家、堀越隆一の公式サイト。1976年のデビュー以降、数々の作品を発表する傍ら、編曲、指揮、評論を始め、後進育成の為のアルエム弦楽合奏団の設立、音楽を愛する人に最良の空間を提供するすみだチェリーホールの運営など多岐に渡る活動を展開。最新の活動情報、チケットや楽譜の販売など、随時更新していますので、ぜひお立寄り下さい。
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