ロマン・ポランスキー、ナスターシャ・キンスキー『テス』
ロマン・ポランスキー、ナスターシャ・キンスキー『テス』
1981年5月29日
都市のような人工的な環境の中でのみ暮らすものにとって、自分の周囲が人間の尺度によってわい少化された箱庭の世界であるということに気付くことはない。T. ハーディーの原作がどうであれ、ポランスキーの『テス』では風景が映像の中で如何に雄弁に語りかけていることだろう。風景と相対化された時の人間はか弱い存在としてそこに写っている。 一本の木の全体と人を比較した時、その存在感の強さは明らかだ。現代は何と作り話のムヅカシイ時代なのか、『テス』は単なる男と女の話だけではすまされず、そこに時代の推移、産業革命時(?)の農村の崩壊の進行、家庭の崩壊、新旧の対比等が適確に挿入されていく。単なる男女の話は普遍的な次元にまで持ってくるためには少なくともこの映画の中ではそこまでの作業が行われている。ヨーロッパの風景(イギリス)が如何に人造的に造成されたものであろうとも、まだそこには人間を圧倒する力が残っている。私達は自然と自れを相対化することによって、-都会という人工の空間に生きている者は-人間の存在を認識することが可能なのかも知れない。『テス』はナスターシャ・キンスキーのための映画だ。彼女を中心とし、他の人物像を描くことにはポランスキーはあまり情熱を示していない。終わってみれば何よりも彼女のクロースアップと田園風景のみが印象に残る、そんな映画だった。