堀越隆一公式サイト 作曲家、堀越隆一の公式サイト。1976年のデビュー以降、数々の作品を発表する傍ら、編曲、指揮、評論を始め、後進育成の為のアルエム弦楽合奏団の設立、音楽を愛する人に最良の空間を提供するすみだチェリーホールの運営など多岐に渡る活動を展開。最新の活動情報、チケットや楽譜の販売など、随時更新していますので、ぜひお立寄り下さい。

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雑感 1981〜1990

 

1981年8月19日

孤立を恐れなければ、制約されるものは何もない。

 

1981年8月24日

〔間〕その沈黙の間に情念の持続が存在する。それを感じさせる様にするためには表現者の側

に極度の集中力が要求される。何も存在しない〔間〕に、その前後の関係づけを読みとろうと

する所に、我々の芸術の特質があるのかもしれない。この〔関係づけ〕ということについて考

えてみたい。それは思考的なものや、いわゆる構造的なものではなく、感覚的なもののような

感じがする。あるいは別の構造に属する何か。又、ショックは我々の感性を目覚めさせる。こ

れも又ショック自体よりも、それがどの様な所で置かれるかによってその効果が異なってくる

だろう。構造(乃至は構成)が問題だ。それが整理されているか、簡潔であるかどうかではな

く、それらも含めた構造こそが問題だ。徹底して意図を実現させる構造こそが。

 

1988年1月25日(月曜日)

表現を言葉に直す(文章化する)という作業。と同時に楽譜に書き表す(音で表現する)こと

も同じ比重でしなければならない。殊に音の場合は現在のところ“ワープロ”のような道具が無

いので手で書いて繰り返し推敲する作業に耐えなければならない。この点ではベートーヴェン

の頃と殆ど変わってはいない。作品を書く場合に推敲する労を厭はない(最低限ベートーヴェ

ンの水準迄)こと。“文章化”の方はこのスタイルで当面はやって行く。

 

1988年2月2日(火曜日)

集積される事が、今の時代の一つの特徴と言える。極度に集積され、高度化されたものと今ま

でに蓄積された歴史的成果を相対化するような全く新しい地点からのアプローチ(既成の物の

解体)が現在、芸術に要求されている(大衆の無意識の中で)物だ。『マトリックス(大規模

集積回路)とハイ・テクノロジー』それらに象徴される物に今我々の感性は対応していかなけ

ればならない(そうせざるを得ない)。新しい感性を持たなければ成らない。音楽(芸術)は

今、真に必要とされる。

 

1989年1月15日

やさしい言葉(?)で語るのと同じように、音楽も分かりやすくあるべきだろうか?始めに前

提になるものは『コンセプトだけで作品は成り立たない』というテーゼだろう。又は『コンセ

プトが良いだけでは作品にならない。』ということだ。観客(聴衆)の眼(耳)は贅沢に非常

に贅沢に成ってきている。だって、誰が説明されなけれは分からないような作品にこの忙しい

時、付き合ってくれるだろう?い ま『良いコンセプトとは感じられるものでなければならな

い。』これが〔現在〕という時のなかでの最も重要なテーゼになる。〔現在〕書かれなければ

ならない作品は歴史上最も貪欲で退屈しきっている観客(聴衆)に対して語りかけられる言葉

(音)を持たなければならない。逆に言えばその言葉(スタイル)を発見する事が〔現在〕作

品を書くという行為そのものになる。→『自分の聞きたい音楽を書く』

 

1989年4月3日

まず、何かを書いて表現することから始めなければ、せっかくワープロを持っているんだか

ら。とにかく、これは作曲の場合も同じだけれども、頭の中で考えているだけでは駄目なの

で、不思議なもんだが、これが文字にして(音符にして)みるということで奥行きと構造がそ

の表現の中に誕生する。これは必然的にそうなんだから仕方がない。そうやって見てゆくと今

まで曲の時に考えていたように、どんな構造にするか(Form )について苦心することは余り重

要な事では無くなってくる。疲れた! しかし、書く気がしない。言葉は何かを考えている速

度で打たれていけば、限り無く思考の速さに近づけると想うのは、素人の赤坂見附なのかもし

れない。こうやってどうでもいい事でも何でもいいから、書いていくことが(おそらく)とて

も大切な事なのだ-作曲に関しても-。

書かれた世界を構築する

『構築』なんていう難しい言葉を使ってみても、やることは同じ事だ。

他人の言葉を写すのは易しい。それに、慣れてくればそれなりの心地よさ(作業を行って

いく)もある。だけど自分の言葉で書いていく時はその安易さが無くなってしまう。内容

についても考えていかなければならない。

推敲する苦しさ(今のところは)もある。『何が苦しいのか』と言えば、それは考えるこ

とよりもむしろ、自分の等身大の裸と向き合う事に対する恥ずかしさ-潜在的には最終的

に、それを公開しなければならない殊に対しての-が一番の障害になっている。これは創

造する作業自体に常に付随してくる。

 

1989年4月7日

とにかく何か書こうと思ってキーボードに向かってみても、とりあえずは何も浮かんでこな

い。まず〔モティーフ〕を探す、何が自分にとって緊急の〔モティーフ〕なのか?と、ほらこ

うしていけば段々とみえてくるじゃあないか。現在自分にとって最も切実に必要なもの また

表現の水準(レヴェル)を見定める-より低次元(俗)に-。より高度に、より密度の高いそ

してより低俗な世界を表現する。大胆に他人(自分)を気にせずに表現する。

 

1989年4月12日

作曲をし発表をすることは自分の裸体を晒すようなものだ。ある意味で羞恥心があると表現行

為は成立しない。一般的に言えば作家(表現者)とは一種の精神的な露出狂である。

 

1989年5月17日

物語を形成しようとする力(パワー)は何処から来るのだろう。日常と異なる流れの中に否応

なく取り込まれることによって生まれる。結局は伝えたい(コミュニケーションしたい)と言

う欲求がなければ書く必要は生まれない。それはリアリズムともまたちがった“リアルさ”を要

求している。

 

1989年12月16日

空白の時に,私は浮かんでいる。

記憶の堆積、圧縮された時間。

果てしない路のなかで私のこころは‥‥‥‥

空白

その空白のなかで

私はいま

 

1990年1月7日

世間で元号が平成に変わって二年目になったのに我が家のワープロは頑固に昭和65年としか変

換しない。いつまで昭和がつづくのだろうか?8時間の睡眠と2時間の食事、芸術家はどんな

に忙しくても寝食を忘れてはいけない。

 

1990年12月17日 “Arboraceous for 4Contrabass ”

そして、ついに世界が一本の木になる時

音は人の思惟の枠から解き放たれ

自然の営みの中で木の歌を歌い始める.

「木のように」-4cbのための-

Arboraceous:樹木のような, 樹状の. 樹木の茂った.


 


これまでの日記

2002年日記

2003年日記

2004年日記

 

2004年日記

 

3月5日、金曜日

肝心の部分がまだ未解決だが、見切り発車で全体の枠組みを変更することにした。これからしばらくはコンテンツを工事しながら続けていく。暫定的な措置だが、この日記で更新情報も書いてゆくことにする。

 

2月28日、土曜日

とりあえずホームページに表紙をつけてみる。本格的にコンテンツをいじるのはこれから

 

2月26日、木曜日

弦楽合奏団のホームページを作り始めた。去年からやるやると言ってきてなかなか手が付けられなかったのだが、Blogというソフトを使って少しづつやりだしてみた。まだ解らないところはあるがとりあえずいけそうだ。念願(?)のこのサイトのリニューアルの方はまだ、もう少しかかりそうだ。来月は確定申告もあるし….

 

1月31日、土曜日

少しづつは進展しているのだが、「試聴室」のリニューアルになかなか手がつけられないので、とりあえず臨時増刊号(?)を追加します。

 

1月28日、水曜日

午前中、下の子がインフルエンザで休んだ証明書(インフルエンザは欠席扱いにはならないそうだ)を取りに近所の病院へ、今日はパソコンのOSをアップグレードするため一日あけてある。一応簡単に出来るらしいのだが、ハードディスクの中には自分の重要なデータが全部入っているし、仕事で使うアプリケーション(これがないと曲が書けない!)も壊したらエラいことになる。バックアップは勿論とってあるが、もしシステムの再インストールなんてことになったら一日で済むかどうか、慎重にしなければならない。昼少し前から初めて、小さなトラブルはあったが夕方(5時くらい)に無事完了。以前より幾分速くなったような感じがする。機能的にも色々使いやすそうだ。これから使ってみようと思っている新しいアプリケーションも入れてみた、さてどうなるか?

 

1月9日、金曜日

今日も寒い!家でレッスンをして昼からトリフォニーホールへ、JFCのアンデパンダンの最終日だ。僕は委員なのでこれで水曜日から三日間、連続で通ったことになる。リハーサルからコンサート終了まで立ち会うので、聞いているだけとはいっても結構ハードである。最終日の今日は夜、所用があって本番の後半二曲は聞けなかったが、コンピューターミュージックから邦楽、シアターピースまで多彩なプログラムでアンデパンダン(independent exhibition)らしいコンサートだった。また日記を観た人や、友人が心配して色々と声をかけてくれて恐縮する。「もっと自分の体なのだから気をつけなければだめだ」という尤もな忠告も受ける。本当にその通りだ、「自分のペースを(出来るだけ)崩さず」をとりあえず今年のスローガンにする事にする。あと、昨年末からの色々な積み残しの一つなのだが、「個展/リサイタル」の受付の記録がまだ見つらない。個々に覚えている範囲からやっていますが、お出でいただいた皆さんに、この場でとりあえずお礼をしておきます。どうもありがとうございました。次回の計画はまだ未定ですが、我々は継続するつもりで準備中です。決まりしだい告知をしますので、どうかお楽しみに。また作品以外では今年はこのホームページのリニューアルをすることを当面の目標にしている。これも一気にやれるとカッコイイのだが多分、出来るところから順番にと言う事になると思います。出来るかどうかまだ判らないがいくつか計画しているプランもあるので、乞うご期待!作曲も去年からの積み残しがあるし、どうも、なかなか楽は出来そうもない気がしている今日この頃である。

 

1月2日、金曜日

あけましておめでとうございます。皆さんは新年を如何におすごしでしょうか?

我が家は昨年末のコンサートの後始末も終わらず、全く季節感がありません。(年賀状もこれからです)体調は回復しましたが、まだ疲れは残っているようで、まだ八分目くらいのペースで過ごしています。そんなわけで今年はいったいどうなるのか判りませんが、世の中にとっても、皆さん(自分)にとっても良い一年になることを願っています。

 

追伸

2003年日記の番外編で年末の記録を書きました。

 


 

2003年日記

 

「個展/リサイタル顛末記」

12月26日、

 

朝起きて、足裏のマッサージをしていると背中に激痛が走る。実は昨晩も寝る前にマッサージをしている時まったく同じ個所で激痛が走った。布団の上でのたうち回っているところを家内が発見。尋常ではないと思ったのだろう。合奏団とのGPは午後からなので、午前中に家内のかかりつけのお医者さんに連絡して診てもらう事にして、現地で合流することにする。長男が付き添って診療所へ行くと、すぐにニトログリセリン(舌下錠)をもらいなめているうちに、痛みがとれてきた。おそらく「狭心症」では無いかと言うことで、詳しくは年明けに検査するということで、数日分の薬と予備のニトログリセリンをもらいタクシーで上野の奏楽堂へ(このタクシーが混んだ道をクラクションを鳴らしながら全くスピードを緩めないで走るので、結構恐かった)奏楽堂の控え室でまず昼の分の薬を飲む、リハーサルは予定どおり進み、後は本番を迎えるまでの態勢になった。着替えをして弁当を食べようとしたがほとんど食欲がない。無理をして少しだけ食べ薬を飲む。多分この頃から頭痛が激しくなって来ていたのだろうが、他の事に気を取られて紛らわされていた。今回は様々な準備で時間をさかれ、事前にチケットを売る事がほとんど出来ずに心配していたのだが、開演間際、舞台監督からお客さんの入場の流れが途切れないので開演時間をを遅らせようかどうかと相談が来た。後述するがこのホールは台東区の管理で9時ジャストにに撤収しなければならない。定時に始める事にする。どうやら今回も大勢来て下さっているようで、ホッとする。そうこうしているうちに開演。今回は第一部はトークだけなので袖で待機していると、また頭痛が強くなって来た。危なくなったら服用するようにともらっていたニトロを口に入れる。トークはそんなわけで何も準備しないで始めてしまったが、ピアノの中川さんにも助けてもらって無事に終わったようだった。(自分では中身はほとんど覚えていない)後半の第二部ではトークの他に指揮もする。頭痛が激しいのでまた開演前にニトロを服用する。コンサートはアンコールも含め無事に終了。合奏団のメンバーはとても良く頑張って良い演奏をしたと思う。(休憩の時間に練習していた音には気合いが入っていたなあ)終演後にお会いしたお客様は、みな喜んで下さっているようだった。約30分で会場から撤収したが、それでも9時を10分オーバー、奏楽堂の職員の人達は鬼のような顔をしていた。(ごめんなさい!)この後片付けの間も気が付くと頭痛と気分が悪いので長時間立っていられない自分に気が付く。打ち上げでもこの状態で料理にも全く手を付けられず、ウーロン茶と水ばかり飲んで場を持たし、氷雨の中フラフラになって帰宅。そのまま寝床へ。

 

12月27日、

わりと早く目を覚ますがまだ頭痛がとれないのでエキセドリンを飲む。昨日もらった薬を飲むためにヨーグルトを少し流し込む。今日は明日のトリフォニーでの家内と僕のお弟子さん達の発表会のためのレッスンがつまっている。家内の方は朝から別にスタジオを借りて一日中レッスン。ぼくは自宅でピアノの生徒達の最終レッスン。昼になっても体調は全く変わらずむしろ悪くなってゆくようだ。何となく以前に喘息の治療で血管拡張剤を飲んだ時の症状に似ているなと思いはじめ、夕方の薬を飲む事を止めて様子を見る事にする。午後最後の生徒を観終わった後、起きていられずに寝床へ。家内も心配してあちこちに電話をかける。夜10時を過ぎても状態に変化は無い。思いきって墨東のERに家内の車で行く。深夜の混んでいる時間と言う事もあったが、検査の結果を待ってさらに再検査、そして終わったのが朝の6時!診断は頭痛は飲んでいた薬とニトロのせいで脳内の血管が圧迫されているのが原因だろう、「狭心症」については症状が出ている時点で検査しないとわからないということで、いずれにしてもなるべく早い時期に再検査をするようにという。また頭痛については薬剤が体内から出てしまえば直るだろうから、それまでは我慢しなさいと言う事らしい。熱もあるので風邪もひいているかもしれない。カミサンもこの時間までつきあっていたのでこちらも心配なのだが気づかってやる余裕は無い。二人そろってフラフラのまま帰宅。

 

12月28日、

目が覚めても(といっても殆ど熟睡できないのでいた)頭痛と気分の悪さは同じ。今日の発表会の代役(ピアノの伴奏と指揮)を長女にまかせ家で静養することにする。この日は一日中体調は変わらなかった。時間がくれば直ると思っていても、不安になってくる。夜、家族が帰宅、会は無事終わったようだ。子供達もよくやってくれた。改めて皆に感謝。

 

12月29日、

少し頭痛の性質が変わってきた。痛みの面積も頭全体から額の部分に限定されてくる。でもこの状態ではとても外出は無理なので、夕方の日ロ協会の運営委員会と忘年会には欠席のファックスを流す。昼になってやっと空腹を感じる事が出来、ざるそばを半分ほど食べ、食べられた事でホッとする。夕方には気分の悪さはなくなり、頭痛も普通の我慢できる程度のものになった。

いろいろとご心配をかけた皆さんへ、おかげさまで元気(?)になりました。

それにしてもすごい三日間だった。

 

11月29日、土曜日

寒い、終日雨のようだ。少し早いが今月の試聴室の12月を更新をしてしまう。11月がプロバイダの切り替えが原因で大幅に遅れたので少し早めに、とにかく慌ただしい。

 

11月28日、金曜日

紀尾井ホールで「カール・レーヴェの世界」へ。7時開演と思って余裕をもっていったら、6時半開演だった!おかげで最初の三曲のバラードは聞けなかった。以前、日記(2002年日記10月12日を参照)にも書いたが、一人の作曲家の全作品を演奏するということで色々な作品が通して演奏される。正直玉石混交で辛い日もあったが、今回は良い作品がそろっていた。このコンサートの楽しみはプログラムが充実していることで、手前味噌になるが作品の対訳とアナリーゼ(僕が書いてます)、そしてレーヴェに関する様々な史料的な文献の掲載、これだけでも興味のある人には十分にお得である。今回は佐藤征一郎さんにこのホームページの宣伝をお願いしたら。早速終わりのエピローグ(編集後記)で書いてくださった。感謝感謝!でも「レーヴェの記事満載」というのはかなり誇大広告のような気がします。多分このまま行けば作品のかなりな部分のアナリーゼは網羅できるとは思いますがそれもまだ先の話。ぼちぼちとやって行きます、あとプログラムを読んでここにいらっしゃった方は判ると思いますが、このサイトのアドレスがまるでカニ道楽の看板のような太字のゴシックで大きく書かれていた。佐藤征一郎さんの日頃のお姿を思い浮かべて、さすが声楽家の方だと改めて感心したしだいです。

 

11月24日、月曜日

昼から上野の奏楽堂へ、第1回から「個展/リサイタル」の手伝いをしてくれているM君と会場の下見に行く。今回の会場は、日本最古の木造音楽ホールという、うたい文句どおりなかなか風情があって良いのだが、その分新しいホールのような設備が無く、その分いろいろと大変だが、信頼しているスタッフなので心強い。会場を見た後、上野で打ち合わせをしようとおもったらどこの店もすごい混み具合、そういえば振替休日だった!

 

11月11日、火曜日

疲れた!このホームページの引っ越しの原因となった、プロバイダーの解約のプロセスでADSLへの切り替えが大幅に遅れてしまった。(今もまだ開通していない)こちらもあまり知識が無いのも悪いのだが、ようやく今日、臨時にダイアル・アップでメールが読めるようになった。このてん末をには、色々書きたいこともあるが、今はそれどころではない。とりあえず試聴室を遅ればせながらアップします。多分年末まで、今年はこの調子で色々ありそうな予感がする。

 

10月22日、水曜日

昨夜から雨、大分寒くなってきた。原稿の仕事が大幅に遅れている。仕方が無いので午後からの予定を大幅に変更。おかげでこれを書いている時点でも日本シリーズの結果がわからない。心配だ。

 

10月18日、土曜日

少し頭痛、風邪気味かもしれない。午後生徒をみたあと、久しぶりにS君と会い歓談。合間合間に出る共通の話題が年齢や健康問題、子供の話等になっているのは仕方がないが、業界以外の人間と久しぶりに話せてリフレッシュできた。彼には学生時代、随分精神的にサポートをしてもらった。お互いそれぞれの人生を歩み年を重ねて来たが、今でも会うと何かホッとするものがある。

 

10月10日、金曜日

急きょサイトを移転させた後も相変わらずバタバタと過ごしている。気が付いたらこちらから、連絡するといってそのままにしていることが結構たまってしまっていた(心当たりの皆さんごめんなさい!必ず連絡します)。どうも今年は、この夏の異常気象のせいか思うようにスケジュールがこなせない自分に気がつく、(年のせいかな?)。まあ、そうもいっていられないので頑張らなくっちゃ。

 

7月25日、金曜日

弦楽合奏団のコンサート。聖路加病院内のトイスラー記念ホールの昼のコンサートの前半に出演させてもらった。人づてに聞くと、あのフジ子・ヘミングさんや 藤原真理さんもここで弾いたことがあるそうだ。4月から始めた月一回の練習と何回か地元のボランティアで老人ホームの慰問コンサート、その積み重ねの成果がでたコンサートだったように思う。約15分の短いステージだったが、成果のはっきり出た充実した第一歩だった。この合奏団「アルエム弦楽合奏団」については、いずれホームページを立ち上げるつもりですが、現在の僕の状況は、とてもそこまで手が回る状態ではなくなってしまっている。完成したらこのサイトにもリンクを張りますが、今はまだ書きかけの表紙だけです。一応URLはhttp://homepage.mac.com/r1.horikoshiですが・・・ということで秋まではこの日記も作曲モードでしばらくはお休みになると思います。(まあ書けるときはこうして書きますが)この天候で今年はどんな夏になるか分かりませんが、皆さんも無事に乗り切れますように。

 

7月2日、水曜日

演奏会のご案内です。ピアニストの秦はるひさんが日本の作品による演奏会を7月10日(木)原宿のアコスタディオ(Tel:03-3408-4541)で開きます。僕の「彫刻する」を含め5人の作曲家の作品を演奏します。開演は19時、無料のコンサートだそうです。これは日本の作品に興味のある方にはお勧めです。ただ、以前にお話を伺ったとき会場のキャパシティーが小さいと伺っていたのでこんな形で日記でご案内しました。プログラムの詳細はコンサート案内にアップしてあります。

 

6月13日、金曜日

このところなかなか日記が書けない。やっと書こうと思ったら何と13日の金曜日だ!そういえば少し前にQuickTimeのサイトに「ジェイソンvsフレディ」という映画の予告編が出ていました。昔「キングコング対ゴジラ」っていうのがあったが(知ってますか?)、それよりは対決させやすいのかな?えーとコンサート案内に変更があります。今年の「個展・リサイタル」の日程と会場が変わります。これについてはいずれ、具体的にお知らせしますが、今年は編成の大きな曲があるのでステージの大きさが気掛かりでした、別の用事でいろいろ問い合わせをしていたらたまたま近い日程で上野の旧奏楽堂のキャンセルがあったので、いつもお手伝いしてもらっているピアノの中川俊郎さんのスケジュールも確認して思いきって決断しました。コンサートの概要はもう少ししたら、具体的にお知らせできると思います、弦楽オーケストラも入り、これまでより少し大掛かりなものになりそうです。いつも御出で頂いている皆さんは楽しみにお待ち下さいね。もう少しです。今年は僕自身まとまったものを一つ書き上げることを決めているのだが、その前に期限の迫っている曲がすでに大幅に遅れている。まわりの環境もいくつか変化があり、まとまった時間をどう取るか、これが現在の一番の課題になりそうだ。この世の中、誰でもそうだろうが贅沢はいっていられない。とにかく頑張らなければ

 

5月27日、火曜日

またパソコンの話。順調にとはいかないがまあまあ試行錯誤で動かしている。他の機種(ウィンドウズ)のことはよく分からないが、Macは僕のように文系の人間でも、何かよく分からなかったり、トラブルがあってもいろいろ動かしているうちに何とかなってしまうのでありがたい。今のところおおむね快適である。そんなわけでこのホームページもOSXで更新できるように(以前は起動デスクを切り替えて、現在はクラシック環境でやっていた)また、いずれ近い将来自力でリニューアルをすることを目指して、ホームページ作成ソフトを使ってみることにした。これもいろいろ検討をして、Goliveのお試し版をダウンロードして今使っている。使っているといってもろくにマニュアルも見ないで(少しは観ましたが正直よくわからなかった)動かしはじめたので、案の定リンクが切れてしまったりしたが、これもいつのまにか解決?何とかいけそうだ。ということでこの日記もテストを兼ねてアップ。

 

5月19日、月曜日

パソコンを変えた!大きな編成の曲を書いているとどうしてもCRTの小さな画面では辛くなってきたためだ。(眼も大分悪くなってきた)特に一昨年オーケストラを書いた時からの念願だった。今使っているiMacDVは家族に廻して、液晶の17インチiMacを購入した。結果として表示画面が大きくなったのだが、いやあこれは正直いって楽です。A3サイズの楽譜をひろげて横のスクロール無しで仕事が出来る。まだ楽譜ソフト自体がOSXの日本語環境で若干問題があるが、いずれ近々に解決されるだろう。これに伴ってソフトの再インストールや周辺機器の接続などいろいろ作業に時間をとられたが、これはまあしょうがない。ホームページのアップも今度はクラシック環境でしか出来なくなったので、そのテストを兼ねて日記を書いています。成功していればこの日記がアップされているでしょう。

 

5月12日、月曜日

「映画ビジネスでは、本当にいい映画が3本かかっていたら、観客は3つとも観る、凡庸な映画が3本だったら、1つも観ない。だから、僕らは他の連中の映画と戦っているわけじゃない。」

「でもね、この世界にはアイデアが満ちあふれている。模倣するほうが少しは楽かもしれない。でもそんなことをしても世界は良くならないんだ。」(スティーブ・ジョブズ★PLAYBOYインタビューより)

スティーブ・ジョブズ(あるいはビル・ゲイツ)を知らないと言う人はインターネットを見たりコンピューターを使っているような人には多分いないと思いますが、何年か前にスティーブ・ジョブズのインタビューが読みたくて月刊プレイボーイを買った(決してグラビアが目的ではなかった・・・と思う)時にこのコメントが載っていた。これは何故かれが映画産業に自分が乗り出したのかという理由を説明しているものだ。僕はずいぶん前から読んだ文章のなかに気に入ったものがあると忘れないようにメモを取ってきた。これもそのひとつですが、しばらく忘れていたものです。何で日記にこんな文章を思い出して載せたかというと、オーロラさんのホームページhttp://www.musicdesign.jp/に最近のジョブズさんの言葉が載っていたからだ。(このBomb Essay「消費者は犯罪者扱いされることを嫌がっている 」もとても面白かったので是非御覧になってください)

話を戻すと、最初に引用したジョブズの言葉は僕のように作曲をし、それを何とか生業にできればと考えている人間にとって、創造をするということを、とてもポジティヴに考える力を与えてくれる言葉だと思います。ただこれについて自分の思いを説明しようとすると長くなるので(それほど難しいことではないのだけれど)これぐらいにしますが、皆さんはどう思いますか?ちなみに今の僕が仕事をしながら思い出すのは下記の文章です。

「わかるよ」と彼は言った。「しかし、それがどういうことか、あんたにはわかっているはずだ。書くための唯一の方法は書くことなんだ。」(S. キング 『ダーク・ハーフ』)

 

5月8日、木曜日

やっと「レーヴェ」の原稿が終った!今回はニ回分の原稿を書かなければならなかったので(この間の事情については2002年日記10月12日を御覧下さい)結構大変だったが、こうやって長く一人の作曲家の作品をウォッチしていると。何となく親近感が湧いてくるから不思議なものだ。おまけに今回のコンサート分の作品の中に、なぜR.ワーグナーがこの作曲家を評価していたのかが理解できる作品が幾つかあった。これは正直面白かったし、それについても言及をしてみた。言葉で音楽を説明するということは、実際とても難しいことで、出来ているとは、とても言えないが、その努力だけはしたつもりです。コンサートは今月の25日紀尾井ホールであります。詳しくはコンサート案内で、僕の原稿(作品アナリーゼ)はプログラムに乗っています。(原稿にして22ページ!)興味のある方は是非どうぞ。

 

4月22日、火曜日

原稿が半分終った!あとは資料がくるまで待機するだけなので、明日のブーレーズのゲネプロは気兼ねなく行くことが出来る。しばらく時間が出来たのでたまった雑用をかたずけることにして、このホームページもリンクを少し更新します。

 

3月30日、日曜日

今月は、というか今月も慌ただしかった。まず、今書いている原稿のためにスキャナーをOSXで使えるようにキャノンのホームページからダウンロードすると、何とフォトショップかフォトショップ・エレメントが無いと使えませんという!そりゃあ無いよなあ、と言っている時間も無いのでフォトショップ・エレメントを購入し、何とかにわか勉強で当面必要な操作だけは出来るようにした。そして確定申告を原稿作業の合間をぬってかみさんと二人で何とか期日ギリギリに提出。その他の仕事、雑事等が色々重なりながら進行中だ。見通しはついたが、余裕が持てるのはもう少し後になりそうだ。とりあえず試聴室の更新をします。

 

2月28日、金曜日

コンサートで午後から、みなとみらい小ホールへ。帰宅するとレーヴェの資料が届いている。まだ中身を確認していないが重さ(1Kg強)からして相当なものだ。というわけで、しばらく原稿書きのモードに入ります。『道具の話』の連載は一時中断しますが、また折りをみて再開するつもりです。

 

2月26日、水曜日

『道具の話』2

そんなわけで僕の場合、話をするようには文章を書けない。手紙を頂いても返事を書くまでに決心がいる。今はみんな気楽にメールのやり取りをしているが、あれはお喋りの延長として「話し言葉」を書いて(打って)コミュニケーションをしている。これを一部の人間だけでなく皆がごく普通にやっている。時代は変わったと思う。もちろん僕も含めてついていけない一部の人たちは存在する。でも社会的に見ればそれはマイノリティーな部分といっていいだろう。多分慣れだと思うが、ぼくはまだ慣れない。一昔前にはワープロが日本語におよぼす影響(弊害?)が論議されていたし、作家がワープロを使うことで文体が変わることが心配されたりもした。同じようにコンピューターで作曲する(?)ことも特別視されていたように思う。鉛筆で書くか、万年筆で書くか位の違いなのだ。僕にとって楽譜を手で書くかコンピュータで書くかは、万年筆で書くか、鉛筆で書く(書き直す事ができる)か位の違いなのだ。

 

2月21日、金曜日

『道具の話』1

今は文章は全てパソコン(iMac)で書いている。?十年前のある時期からワープロを使い出した。英語圏の作家のようにタイプライター感覚で文章が書けないものかと思ったのがきっかけだった。僕はかなりの悪筆で自分の書いたものが読み替えせないことがしばしばある、文章を書き上げるプロセスでは書いたものを見直すという作業が、僕の場合には結構大きなウエイトを占めている。これは曲を書く場合でも同様だ。この問題を解決するにはワープロを導入して慣れるしかないと思った。最初に買ったワープロはニ行位しか表示出来ないモノクロの液晶だった。当然書く速度だけなら手の方が速い、おまけに使えない漢字も多かった。でもハードの問題はいずれ時が解決するだろうと思う事にして使い続けた。やがて表示画面も大きな新しい機種が出始め、その頃から文章を書くのが少しづつ楽になり、簡単なメモや覚え書きもワープロで書いてはフロッピーに保存するようになった。作曲もこの調子でできれば良いなと思っていたが、楽譜の書き方(ノーテーション)に最初から制限があるのは致命的に思えた。そのうち解決されるだろうとは思ったが、その時点では素人なりに色々と情報を集めながら様子をみて行こうと思った。

 

2月18日、火曜日

天気予報では午後から雪の筈だったが雨。外に出てから気がつき近所の船橋屋でビニールの傘を購入、何と95円!や・安い。銀行によってその後、会議に出席のため代々木上原のJASRACへ、車中でバリー・ユアグローの超短編集「一人の男が飛行機から飛び降りる」(新潮文庫)を読む。このごろ視力が落ちたせいか読書のスピードがめっきり遅くなってきた。

 

2月14日、金曜日

午前中、佐藤征一郎さんに電話。今年のレーヴェの打ち合わせ、昨年暮れの分も含めていつもの二倍の分量!大変だ。ええとコンサートは5月25日です、詳しくはコンサート案内をごらんください。プログラムだけでも多分結構なボリュームになると思いますよ。年末に予定している「個展・リサイタル」もだんだんと内容が固まってきた。今回は合奏も含め少し大掛かりなものにする予定。まだ今は企画をたてている段階だがさてどうなるか?

 

2月13日、木曜日

なかなか、頭痛がとれない。おまけにTVの星座占いでは今日は最低の日だ。(けっこうマメにチェックしている)我が家は今、受験生がいるので、うっかり風邪をこじらせようものなら、家族からどんな扱いをうけるかしれない。もともと文章を書いてコミュニケーションをとる(特に手紙)のが苦手なのに原稿の依頼を受けたり、こうやってホームページに文章を書いたりしているとそれがたまって結構な分量になってきたりする。不思議なものだ。

 

2月6日、木曜日

朝から少し頭痛がする、午前中にたまっていた雑用をすませる。「ソノリチュード」の見本が出版社から届く、表紙のデザインはこちらの希望通りやってくれたのだが、どうも全体に今一つ気に入らない。紙の色も含めて改めて検討をしてもらうことにする。

 

2月3日、月曜日

このホームページでまだコーナーはあるが、実質的に稼動していないページ「試聴室」(まあデパ地下の試食コーナーみたいなものですが)を営業開始します。今年は2001年に作曲した長編(!)室内楽「石の年代記写本」全十楽章を各月のメインにして毎月作品を変えて営業して行きますのでどうぞご贔屓に。

 

2月2日、日曜日

あっという間に二月!今年も、もう一ヶ月たってしまった。そろそろ気を引き締めなければと思いはじめるのだが。僕は悪い癖で作曲を始めると俄然本の衝動買いと読書量が増えてくる。おまけにTUTAYAの半額割引クーポンがある、これはもう亀戸へいくっきゃない!!書籍のコーナーでかみさんの目を盗んで長男のコミックと一緒にS.キングの「ドリームキャッチャー1.2」(まだ3.4があるそうだ)を購入。いままで食わず嫌いでいた、クエンティン・タランティーノの「パルプ・フィクション」を狙っていたがこれはすでにソールドアウト、J.キャリーの「トゥルーマン・ショー」とD.リンチの「ナイト・ピープル」を借りる。ついでに言うとこのごろ映画はもっぱらビデオではなくDVDで観るようになってきた。

 

1月28日、火曜日

コンテンツの配置を少し変えてみる。いずれ大幅にリニューアルするつもりだが、今は少しづつ勉強しながら、おぼえて行く段階だ。

 

1月27日、月曜日

それにしても、寒い!(冬だから当たり前か)巷ではインフルエンザが猛威をふるっている。今日中に雑用を全部済ませておこうと思ったが、あまりの寒さのため挫けてしまった。夜は会議のため代々木のカワイ出版へ、電車のなかで「コラムの冒険」「コラムは誘う」と読み続ける。ここ十数年のサブカルチャーの質、量ともに増大する勢いをあらためて認識する。会議で久しぶりに松村禎三さんに会う。人づてに松村先生は去年暮れから体調を崩していたという話を聞いて心配していたが、お元気そうで安心した。

 

1月25日、土曜日

墨田区の秘境(自称)と言われている仕事場を片付けて、次の作品への準備を始めようとするが、床に落ちていた文庫本、小林信彦の「コラムの冒険」に目がとまり読みはじめる・・・面白い。ジャンルはどうであれ批評家はやはり心のどこかに長家のご隠居のような偏屈さがないとダメだと思う。まあそうはいっても、なかなか現実には難しいですけれど

 

1月21日、火曜日

8日に自作の初演(コントラバス四重奏)が終わったあと、12日に同じ会場で家内と二人でやっている一日がかりの発表会(家内のお弟子さんたちの合奏のための編曲や指揮、慣れないピアノの伴奏など)が終わりやっと一息、もう新年の挨拶をする時期でもないが今年最初の日記を書きはじめようと思い、Macを9.2で起動すると何とフリーズ!去年の暮れ、前述のコントラバス四重奏曲「木のような2」を書き上げた時点でOSをXに移行しトラブルもなく使っていたのだが、OSXの環境でのホームページの更新の仕方が分からなかったので、使い慣れた9.2に戻したとたん・・・・。原因はわからないが兎に角OSX上で色々と動かしてみて、classic環境を使いながらどうにか今年最初の更新ができた(のかな?)。これから徐々に更新して行きます。本当に遅ればせながら、あけましておめでとうございます!今年もどうぞよろく。

 


 

2002年日記

12月31日、火曜日

大晦日!2002年も終るというこの日に、やっと日記が書けた。なんというか慌ただしい一年だった。やり残した事はなかったが全てが遅れにおくれて周囲には少なからぬ迷惑をかけつづけた。この日記も今日で終わり、次回からは2003年日記となります。まあ、日記というにはかなり気がひけるのですが・・・・。年が開けてから色々やって行こうと思っています。ではみなさん良いお年を!

 

11月6日、水曜日

皆さんお元気ですか?僕は今、作曲モードの真っただ中です。本当は日記を書く余裕もないのだけれど、このホームページへのメールアドレスを変えたので、ページの各部分に若干の変更をしました。韓国旅行記についてはもう少しお待ち下さい。

 

10月12日、土曜日

カール・レーヴェというドイツの作曲家がいる。シューベルトとほぼ同時代に生き歌曲、バラードを中心に生涯に600曲近くの作品を作曲した。このレーヴェの全作品を無謀にも日本で連続演奏しようという試みを始めた人がいる。声楽家の佐藤征一郎さんだ。有志を集って1985年に「カール・レーヴェの世界」第1回が始まり。1997年の第8回まで続けられた。昨年(2001年)に再び紀尾井ホールで「カール・レーヴェの世界」が再会され、ほぼ同時に日本カール・レーヴェ協会も設立された。どう云うわけか第2回から僕に作品の解説(アナリーゼ)の依頼がきて、以後今日までおつき合いさせてもらっているのだが、僕が続けている理由は一つだけ、それは多分僕の書く解説が殆ど日本で始めてになるということだ。それはそれなりに責任もあることなので片手間には出来ないと思っている。やり方としては楽譜とテキスト、そしてその対訳を参照しながら作業を進めて行く。毎回、半端じゃない量がくるので、これがなかなか時間のかかる作業になる。とりわけ対訳はドイツ語のわからない僕には楽譜と同じくらい不可欠なものだ。以前はワープロで原稿を書きそれに楽譜のコピーを切り貼りしていた。この頃その作業がパソコンの導入で少し楽になった。原稿がデジタルになったのでホームページにも簡単にアップする事ができ、再開された二回分の原稿は日本カール・レーヴェ協会のご好意によりこのホームページにアップしてあります。さて今回の資料(対訳)だが、9月頃に届くという予定で待っていたのだが一向に来ない。10月の後半になると時間的に不可能になってくるので、心配になって電話をかけてみると対訳の原稿自体がプログラムの印刷に間に合うかどうかという状況らしい。というわけで相談の結果、僕の原稿は次回(2003年4月)のプログラムに順延して掲載する事になりました。演奏会はコンサート案内に書いたように11月4日にあります。一人の作曲家の全作品の演奏という大規模なプロジェクト、一度足を運んでみてはいかがですか。

 

10月10日、木曜日

午前中、来年初演する曲について演奏者への連絡、打合わせと幾つか雑用をすませる。この作品(コントラバス4台の曲)は1月にJFCアンデパンダンで初演する予定の、今年僕が一番書きたかった曲で小説でいえば中編小説くらいのボリュームにする予定で現在進行中。演奏メンバーはコンサート、CD録音と今大活躍中のあの池松宏さん(NHK交響楽団首席)を中心としたグループ。初演メンバーとしてはまさに作曲家冥利につきる。詳細はコンサート情報をご覧下さい。手前味噌ですが乞うご期待!資料待ちの書かなければならない原稿(11月のレーヴェのプログラム)も一つあり、その間に少しでも作曲を進めておかなければならないと思っていたら、中川俊郎さんからリサイタルの案内。10月24日(木)オペラシティーリサイタルホール、でもこの日は自分の曲の初演(「動物園で」三面の琵琶のための組曲)でソウルにいるので残念ながら僕は行けない。プログラムはHaydn(一部編曲),Chopin,Cageと自作ニ曲、勿論ピアノも弾く、面白そうだ、ご近所の方は是非どうぞこれはお薦めです。というわけで僕は作曲、仕事モードに入ります。一段落したら韓国(パン・ミュージック・フェスティバル))への旅行記もアップしようと思っています。

 

10月7日、月曜日

朝からの強い雨が昼までにはあがり晴れる。10月と云うのに暑いくらいだ。今日は『パン・ミュージック・フェスティバル』(韓国)で演奏される、三面の琵琶のための組曲「動物園で」の試演がある。国際現代琵琶楽会の現代琵琶楽講座のプログラムの一環として演目の最後に演奏される。昼からそのリハーサルに代々木上原のムジカーザへ。練習が終って代々木上原の駅前で、偶然作曲家の遠藤雅夫さんに会い立ち話(そう云えばこの近くに住んでいたっけ)。何と今日聞きに来てくれるという。講座も無事に終りほっとする。聞いてくれた方達には遠藤さんも含め好評だった。始めての邦楽器の作品であり不安もあったので、正直うれしかった。これから24日のソウルでの本番のためにテキストのハングルでの練習が待っている。演奏者も大変だろうが今夜の試演の好評がきっと弾みになるだろう。韓国ではどういう反応があるか?不安でもあり楽しみでもある。

 

9月28日、土曜日

ピアニストの鈴木智恵さんから電話。4月に初演してもらった「風の森と鏡の村」を12月に演奏したいとのこと、もちろん快諾。鈴木さんは彼女の『国際芸術連盟音楽賞受賞記念リサイタル』で僕の「彫刻する」を取りあげてくれて以来のおつき合い。信頼している音楽家の一人だ。作品は書きあがった時点ですでに作者とは独立した生命力、人格を持っていると僕は思っている。そして演奏される度に変化(成長)して行くと、そういうわけで、今度の鈴木さんのこの曲に対するアプローチがとても楽しみだ。詳細はわかり次第コンサート案内でお知らせします。

 

9月27日、金曜日

TUTAYAの半額チケットクーポンが29日までだったことを思い出し、深夜亀戸のサンストリートへ行く。「メメント」とあれば「モンスターズ・インク」(どう云う組み合わせだ!)を借りようと思って来たのだがさすがに完売。しかたがないので「エルム街の悪夢」DVDと「ピーウィの大冒険」を借りる。「エルム街」には若き日のジョニー・デップが出演しているという。帰宅してプレーヤーに入れてみるが全く読み込めない。取り出してみるとディスクに細かい傷が付いている。やれやれ、もう一本のT.バートンの処女作も今いちで、結局ついでに衝動買いした「マウス・ハント」のDVDが一番面白かった。

 

9月26日、木曜日

銀行に行かなければならないので、錦糸町まで外出、ついでに駅前のLivin(西武系)地下の食料品売り場に入る。ライオンズの優勝セールのワゴンでおにぎりを売っていた。優勝も数が多くなると年中行事というか毎月の特売日みたいになってしまう。そう言えばジャイアンツの優勝セールもやっているんだっけ、と思いながら帰宅する。

 

9月25日、水曜日

晴れ、10月のソウル行きの準備(ようするに曲が書きあがったのだが)も大体終り、ようやく日記を書く気分になってきた。取りあえず、まず日記だけは更新して行くようにします。これから、このホームページの未完成の部分に手を入れ、パソコンのOSとソフトウエアのアップグレードをし、たまっていた雑用をこなして次の作品に取りかかる状態に持って行く・・・作業は色々あるが、このホームページも、はやく完全なかたちで稼動するようにしたいと思っています。

 

8月9日、金曜日

それにしても暑い!いよいよホームページが動きだした。何か勝手に動き出したような書き方だが、正にそうなのだ。本当に人の情けが身にしみる今日この頃である。そして、この日記がこのサイトのために書く初めての記念すべき文章になる。まだ何ケ所か工事中の部分もあるが、今作曲している曲が書きあがったら、ぼちぼち勉強しながらやっていくようにしょう。とりあえず、今この日記を読んでいるみなさんに、ようこそいらっしゃいました。どうぞよろしくお願いします。

 


堀越隆一公式サイト 作曲家、堀越隆一の公式サイト。1976年のデビュー以降、数々の作品を発表する傍ら、編曲、指揮、評論を始め、後進育成の為のアルエム弦楽合奏団の設立、音楽を愛する人に最良の空間を提供するすみだチェリーホールの運営など多岐に渡る活動を展開。最新の活動情報、チケットや楽譜の販売など、随時更新していますので、ぜひお立寄り下さい。

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