堀越隆一公式サイト 作曲家、堀越隆一の公式サイト。1976年のデビュー以降、数々の作品を発表する傍ら、編曲、指揮、評論を始め、後進育成の為のアルエム弦楽合奏団の設立、音楽を愛する人に最良の空間を提供するすみだチェリーホールの運営など多岐に渡る活動を展開。最新の活動情報、チケットや楽譜の販売など、随時更新していますので、ぜひお立寄り下さい。

「倒錯の森」について

「倒錯の森」について

 

庄司薫+植草甚一的な文体で一つの小説の書評を書いてみようという実験をしてみました。果 たしてそれが成功しているかどうかは読者の判断に任せたいと思います。 なおこのような事を試みて見ようと思った理由の一つに庄司薫の作品に対するサリンジャーの 影響(ことに「赤頭巾ちゃん気をつけて」に対する「ライ麦畑の守護神」)ということへの、 私なりのごくささやかなパロディーを行いたいということがありました。

 

何かの為に新しい小説を読まなければならない、ということは、多分あまり愉快な作業ではな いだろうという漠然とした予感を抱きながら、一冊の文庫本を買い(ハード・カヴァーの本の 価格は、予備知識なしに購入できる程、安くはないので、)読んで見た。

 

作者の名前の感じから、多分アメリカかイギリスの作家で、扉の裏の写真から白人であるの は理解できたし、多分そんなに昔の作品ではない位の事は分かった。では何故、この本を選ん だかと言えばタイトルが気に入ったからなのだが、実際に読んでみると、自分が先入観として 持っていた、かなり深刻な小説であろうという期待は裏切られてしまった訳で、かといって、 全くシリアスでは無いかと言えば、又そうでもないので、僕の予想通りではなかったのだが、 それでも読み終えてみて、やはり読んで良かった(最近はなかなかこういう気持ちにさせる本 はないから)という気持ちでいる。

 

以前、J. ボールドウィンの「もう一つの国」を読んだ時、その文章の流れの中にある一種の 水々しさの様なものを(勿論、翻訳からではあるのだが)とても新鮮な印象で受けとめた事を 覚えていて、その頃割合熱心に読んでいたN.メイラーの作品等と比較したりしながら、アメリ カの白人作家達の中にある精神の荒廃みたいな事を思って見たりした事があった。

 

まあその時 はそんな風に一括して白人社会とまとめて見ていたのだけれど、後になってフィリップ・ロス とか、その他幾人かの作家の本を読んだり、又あまりシリアスではない本(例えばR.ブラッド ベリ等のSF小説の中にある、ある種のヒューマニズムや楽天性)を読んだりしてみるとやはり 一概にアメリカの白人社会の荒廃等とひとまとめに出来なくもなってしまう。

 

サリンジャーという人は巻末の年表を見てみると、同じアメリカのユダヤ系の作家の中でも、 アップダイクよりも上の世代、日本で言えば戦中派というあたりのジェネレーションの人物の ようで、それはそれで又日本の戦中派の作家達と比べて見ても随分同じジェネレーションでも 違うものだなあと思ってみたりもした。

 

アメリカ社会の中で、そして多分都市の上流階級でのユダヤ人の位置というものに対して何か 自信のある事を言える程の知識は僕には無いので、何も言えないのだけれど、サリンジャー自 身はかなりの教育を受け、幅広い教養を持ち、おそらくはかなり、鋭い洞察力を持った人物で ありながら、彼個人の性格からか、あるいは彼自身の置かれている環境の為だろうか幾分、倒 錯とまではいかなくても、かなり屈折した一面を(人間なのだから誰しも屈折した一面は持っ ているわけだが、ここでは作品を表現する方法として)持っているように感じられた。

 

「倒錯の森」を第2次大戦の一年後に戦勝国の作家が書いた作品として見てみる事が重要な事 かどうかは知らないけれど、物語を始める上での最初の状況設定みたいな事の中に、少し大袈 裟に言えば戦争と民族そして階級の違い等といった要素がある事は無視することが出来ないよ うにも思える。

 

僕は別に作家でも、文学の専門家でもないから、かなり見当外れの見方かも知 れないが、この小説は全体の構成の上でも、例えば「フーガ」という題名から、その音楽がど んな感じの(少なくともどんな構成の)曲か誰もが理解出来るように、題名にある「倒錯- inverted-」という題によって作品全体の様式が、実に見事にまとまっている様にも思えるし、 又作者自身も恐らくはある意味で、そんな知的な操作を楽しんでいるようにも感じられる。

 

だ からというのは変だが、ここの内容としての何か(例えば荒地としての都市文化、あるいはフ ロイト的な幼児体験の影響etc)を期待しても、それは底の浅いものしか得られないだろうと思 える。多分真面目な読み手は小説の最後で見事に作者からの肩すかしを喰わされるだろう。

 

ま あこれを一種の不条理文学的な終り方というのも一理あるのかもしれないけれど、僕にとって この小説の魅力は内容よりも、常に主人公について第三者が語って行くという構成と、そこか ら読み手自身も常に醒めた状態で物語の進行に付き合って行けるという事(又男性の作者が女 性を主人公にしているという事もある意味で倒錯なのかもしれない)。 そしてそれぞれの人物描写が実に適確で面白く、小説の最初の所の主人公の幼年時代の子供達 の性格描写は実に巧みなものに思えた。

 

多分サリンジャーは「重大な事を語るのには、あまり にも真面目な」性格なのかも知れない。彼の心の中の森の葉むらは果たして地上に生い繁って いるのかどうか‥‥‥。

 

1975.Oct.14 (雑誌『黒魔女』第3号 1975年10月)

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